【入居者ブログ・幕張】シェアハウスの居心地と居場所

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【入居者ブログ・幕張】シェアハウスの居心地と居場所

【入居者ブログ・幕張】シェアハウスの居心地と居場所

 

こんにちは。Global HUB 幕張に暮らす、Dです。

実家、住んでいた家、他のシェアハウス、そしてGlobal HUB 幕張。

家の居心地が良いと感じたことはあるだろうか。私にとって、どこが一番居心地が良い場所だっただろうか。私たちが住むシェアハウスという場所は、複数人で暮らしているが、自分が住む家という意識を持っていると思う。もちろん家の居心地は良い方が良い。自分の居場所だと思えたり、安全な場所だと思えたりすることも、家の大事な役割なのだと思うから。

 

今回は、居心地と居場所について考えてみることにした。

最近シェアハウスが自分の居場所の一つだなと思えたポジティブな出来事があった。と同時に数年前の学生時代に感じた居場所についてがフラッシュバックされた。後半には私自身のネガティブに捉えてしまった過去の経験を記載している。

 

是非、この記事を読んだあなたが、自分の居場所について今の居心地と居場所は、自分にとってどうなのか考えるきっかけになったら嬉しい。

 

 

1、「ここに居る」

 

絆家では、同じ共通の趣味を持った入居者同士が、5人以上集まると部活動制度というものに認定される。他のハウスでは、スポーツ部やスパイスカレー部、ボードゲーム部などがあるようだ。

私の住む幕張ハウスでは、アイドルが出演するDVDやドラマ鑑賞をする部活が今年の9月に発足された。新しい部活ながら部員は10人程度いて、大体の時間を合わせてメインリビングに集まる。みんなで観たいものを楽しく観るという活動をしているのだが、これが面白い。写真に写っているこの日は、ドラマ「高良くんと天城くん」を観た時のリビングの光景だ。

 

 

また違う日には、携帯でビデオ電話を繋ぎ、オンラインで同じ作品を観た日もあった。一緒に観ることにこだわっているのがわかる一枚がこちら。鑑賞したのは夜だけど、みんなで観るからという理由でチョコパイも食べて最高な一夜だった。

 

 

私は一人っ子なこともあり、趣味の時間は一人で過ごしてきた。シェアハウスに引っ越してきてからも、その意識はどこかしらにあった。もちろん一人ではチョコパイは食べない。しかし、共通の趣味があるのであれば、一緒に楽しむのも面白そうではないか。そんな理由で発足された部活動。

 

ドラマのコンテンツが面白いのはそうなのだが、「みんなで一緒に観るから面白い」ということに気づいた。私はこの手の感覚に鈍い。ドラマや小説で触れてきたことはあるが、実感として得るまでに29年かかった。

 

ソファーに座り、目線は画面なのだが、「一緒に居る」ことも同時に大事に思う。言うなれば、「ここに居る」ことが許されている感じがするのだ。会社や街、美術館や同窓会などで「ここに居る」ことに周りから何か言われたり、違和感があったり。そんな経験がある人もいるのではないだろうか。そういう心配はここには感じない。

単位や規模は様々だが、お部屋、部活動、シェアハウスなどのコミュニティは、私たちの居場所の一つにもなるのだと気づいてしまった。

 

 

2、「居場所がない」

最近は、上記のようにコミュニティに属する面白さを知ったし、居心地の良さを感じることも多く、「ここに居る」ということにポジティブな印象を持つようになった。

 

ここからは、明るいエピソードではないが私が中学生の頃の話をしよう。

すっかり夜になり、私が部活から実家に帰宅し玄関で靴を脱いでいると夫婦喧嘩をしている音がする。目に入れないようにその横を華麗に通過しお風呂に向かおうとすると、母親が私におかえり、あなたも大変ねえ、と話かけてきた。私は呆れた態度で湯船にお湯をため、「居場所がないんだけど」とボソッと言った。

 

このあとお風呂に入ってしまったら、お風呂から出るタイミング、自室に向かうタイミングなどを見計らう必要がある。これが結構面倒くさい。しかし、自分への被害を最小限に抑えたいところだ。居心地はよくないが、そのくらいはやってやろう。

 

この日、被害の拡大は思ったよりも早く、「え?居場所がない?居場所がないですって」と父親にも聞こえるように母親は言った。

リビングから大きな声で呼ばれ、私も近所の人たちも最悪な気分だ。少し放った言葉。どういうつもりでの発言なのかを問いただされた3時間はとても長く感じたし、部活で疲れていた私は眠くて仕方がなかった。明日も学校だし、宿題もこれからだし、最も同じクラスの好きな人にこんなに疲れ切った顔を見られたくない。早くお風呂に入りたい。

どういうつもりで「居場所がない」と言ったのかは明らかで、そのままの意味だ。「ここに居る」ことを良しとし、安心と安全が欲しかったような気がする。当時15歳の私は、校舎の裏で煙草をふかしたことも無いし、仲間達と家出の計画をたてたことも無いので、当然、盗んだバイクで走り出そうなんて考えつかなかったんだと思う。

 

 

3、居心地と居場所

前の章の最後は、自分の話が小っ恥ずかしくなって思わずあの有名な歌詞のフレーズが登場してしまったが、居心地と居場所を表現するために具体例として思い切って書いた。

 

絆家のブログを書きはじめてから、コミュニティのことに目を向ける機会が増えた分、過去の自分の記憶がふとよぎることがある。ポジティブな気持ちや出来事に出会うと、その逆も同時に想像して勝手に比べているだけなのだが、今回の「居」という漢字にまつわる体験は、はっきりと文章にしておきたかった。

 

最後に、メインリビングにあるソファや椅子を紹介しよう。入居者はここで集うことが多い。これらは、物理的に居心地と居場所を作っているといえよう。

 

あなたの住環境の記憶を辿ってみて欲しい。いつどこで誰とどのように過ごしてきたのか。そして、今の居心地と居場所は、自分にとってどうなのか。居心地の良さが「ここに居る」ことを認め、居場所となるのだろう。

村松美紀

 

 

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この記事を書いたライター

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kizunaya

絆家の広告塔うっちーくん。人好きで、話好き。絆家のいろんなシェアハウスを巡っては、家の様子をブログに上げることが趣味。最近は、東京以外にも大阪にも絆家ファミリーが増えてきてとっても喜んでいる♪
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